行政による障がい児・者への質問調査の可否等について(千葉地裁判決)

障害者総合支援法48条1項の解釈と障がい特性への配慮

 行政職員が障がい者に対して行き過ぎた調査をすることが許されるのか否か。
 本問題は、障がい者に対する人権侵害のおそれがあるとして、議員連盟の提言書の中でも問題視され、厚生労働省に対して対応を求めてきた案件である。
 この問題に関し、令和2年6月18日の千葉地裁判決にて、一つの判断がなされた。(本記事は、会報誌「あしたの障がい福祉第6号」のコラムを詳細化したものです。)


トピックス

  • 行政職員による質問調査の対象には、障がい児・者も含まれる。
  • 言葉が話せないなど、質問調査に適切に対応できない知的障がい児・者等に刑罰は科されない。
  • 行政職員による障がい特性に配慮しない調査には国家賠償法上の責任が生じることが明らかになった。

1.事件番号・判決日

 ○ 千葉地方裁判所 平成29年(ワ)第1988号 損害賠償等請求事件
 ○ 千葉地方裁判所 令和2年6月18日付判決

2.事案の概要等

 本件は、平成27年11月に千葉県が行った障害福祉サービス事業所への検査の際に、千葉県職員が女性知的障がい者に対して質問調査を行い、その後に調査を受けた女性障がい者が自殺未遂とも評価できる行為に及んだことから、検査の適法性等が問題になった事案です。

 本件検査の後、女性障がい者は号泣し、グループホームの自室にて首を絞めるといった自殺未遂とも評価できる行為に及びました。また、後日、事業所が女性障がい者の病院受診を行ったところ、本件検査が原因でうつ状態にあるとの診断を受けました。

 事業所及び保護者会は千葉県に対し説明を求めましたが、千葉県側は「調査は適切に実施した」と回答し、事実関係を明らかにすることなく県担当者の人事異動等が行われました。

 以上の経緯の中、事業所及び保護者会は、平成29年8月、知的障がい者に対する質問調査の適法性等を明らかにするため、千葉県を被告とする国家賠償訴訟を提訴しました。

3.主な争点

(1)障害者総合支援法48条1項の調査対象者に、知的障がい児・者が含まれるのか。

【問題の所在】

 同法48条1項は、行政職員が「事業者」と「関係者」に対して質問調査をすることを認めていますが、障害者に対して質問調査ができるとは明記されていません。
 他方で、質問調査の対象者に選ばれた者は、質問に対して黙秘したり、事実と異なることを話した場合には、同法111条により刑罰が科されると規定されています。
 知的障がい児・者の場合、うまく言葉を話せない方や、あえて事実と異なることを話してしまったりする方もおり、仮に質問調査の対象者に障がい児・者が含まれた場合には刑罰が科される可能性がありました。
 そのため、質問調査の対象者(「関係者」)に、知的障がい児・者が含まれるのか否かが、第1の争点となりました。

○障害者総合支援法48条1項(抜粋)
 都道府県知事又は市町村長は、必要があると認めるときは、…指定障害福祉サービス事業者…等に対し出頭を求め、又は当該職員に関係者に対して質問させ…ることができる。

(2)仮に知的障がい児・者が調査対象者であっても、同法111条の刑罰が科されるのか。

【問題の所在】

 仮に障がい児・者が質問調査の対象になるとしても、言葉を上手く話せなかったりする方々が刑罰の対象とされれば、障がい児・者に対する重大な人権侵害になります。
  そのため、言葉を話せない場合など、行政の質問調査に適切に対応できない知的障がい児・者が障害者総合支援法111条の刑罰の対象になるか否かが、第2の争点となりました。

○障害者総合支援法111条(抜粋)
 第四十八条第一項…の規定による当該職員の質問に対して、答弁せず、若しくは虚偽の答弁をし、若しくはこれらの規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した者は、三十万円以下の罰金に処する。

(3)行政職員による障がい特性に配慮しない強引な質問調査が許されるのか。

【問題の所在】

 行政職員が知的障がい児・者に質問をする場合、どのような点に配慮するべきかについては、法律で明文化されていません。
  本件検査において、千葉県職員は、女性障がい者に対して質問をするにあたって、女性障がい者の生い立ちやフェイスシート、個別支援計画等を確認せず、障がい特性に配慮することなく質問調査を実施したようです。
  そのため、行政職員による障がい特性に配慮しない強引な質問調査が許されるのか否かが、第3の争点となりました。

4.千葉地裁判決の内容(判決抜粋)

※1 以下は当該事業所から提供を受けた判決を抜粋したものです。
※2 関係者の氏名については、個人情報のため仮名とさせていただきます。

(1)質問調査の対象者に障がい者が含まれるか否か【争点1】

【結論】
 障害者総合支援法48条1項に基づく質問調査の対象者(「関係者」)に、障がい者も含まれると判断されました。。

【判決抜粋】
「同法48条1項所定の『関係者』の中に、障害者である利用者も含まれる。」

(2)知的障がい児者が刑罰の対象になるか否か【争点2】

【結論】
 質問調査等に対応する能力が備わっていない知的障がい児・者の場合には、障害者総合支援法111条の刑罰の対象からは外されました。

【判決抜粋】
 「同法48条1項に基づく調査等に対応するための十分な能力が備わっていない障害者に対して前記調査を実施した場合に、その回答内容を取り上げて刑罰を科するという事態は問題があるが、そのような場合、そもそも、同法111条による刑罰が科されることはないと解すべきである。」

(3)障がい特性に配慮しない行政職員による質問調査が許されるか否か【争点3】

【結論】
 ① 行政職員が障がい特性に配慮しない質問調査を実施した場合には、国家賠償法の責任が生じることが明らかになりました。
 ② 本件事案においても、千葉県職員と当該女性知的障がい者との関係では、千葉県職員に障がい者に対する配慮義務違反が認められるので、国家賠償法1条の責任が生じ得ると判断されました。

【判決抜粋(原告:事業所 被告:千葉県)】
 利用者Hについては,家族との関係に問題を抱えており,原告が千葉県知事から障害福祉サービス事業者の指定を取り消されたり,障害者支援施設の設置者の指定を取り消されたりして,原告が運営するグループホームで生活ができない事態に至った場合,生活の場を確保することが困難となる境遇にあった。このような境遇にある利用者Hを質問調査のために連れ出し,質問調査を行う場合,利用者Hが生活の場を失うのではないか,あるいは見捨てられてしまうのではないかとの不安を覚える可能性も考慮して,開始や終了に当たり,利用者Hが不安を覚えないよう,今後の利用者Hの生活が成り立つよう,千葉県として十分に配慮することを言明する等,利用者Hの障害や境遇に配慮した取扱いが必要であった。
 しかるに,被告職員は『利用者の方の特性に応じて聞き取りをするとかしないかいうことは考えておりませんでした』,『(どういう障害を持っているか,事前に把握していたかとの質問に対し)詳細については把握しておりませんが,そういうみずからの意思を伝えることはできる方だと』(被告証人I班長),『(利用者Hへの質問調査に当たり個別支援計画を手元に置いて行ったのかとの質問に対し)それは,書面調査ということで○○(※生活介護施設)で書面の調査に当たっている班が確認中のことなので,我々の手元にはございませんので,そのようなことはできなかったです。』(被告証人U)と,単に被告職員の質問調査に応答する能力があるかどうかだけを検討するに留まり,利用者Hの障害の具体的特性や境遇に関する情報を把握しないまま,グループホームへの入所の経緯に対する不満を聴取しただけで,質問調査を終え,利用者Hの不安に対処する事前及び事後の配慮を欠いたままであった。
 利用者Hとしては,原告の施設における自身の状況について,肯定的な面も含めて回答しようとしていた可能性もあり,原告について,録音されている状況下で否定的な回答をしただけで質問調査が打ち切られると,今後の成り行きに不安を覚えるのももっともである。本来,被告職員は,事前又は事後に利用者Hの回答がどのようなものであっても,利用者Hの今後の生活が成り立つように責任をもって対処すると言明する等,利用者Hの身上に配慮すべきであったが,そのようなことは行われなかった。その当日,利用者Hが自殺未遂とも評価できる言動に及んだことからすると,利用者Hに対する質問調査は,調査の手法について認められる合理的な裁量を逸脱したものというべきである。
 これらのことからすれば,…利用者Hについては,その障害特性に対する配慮を欠いた態様で,質問等がされたと認められる。
 これを前提とすると,利用者Hが平成28年8月25日に医師の診療を受けたことは,被告職員の配慮を欠いた質問等がされたことに起因するものと認められ,その医療費の限度では,同人に対する関係では,国賠法1条1項に基づく責任が生じ得る

5.本判決の評価と今後の対応

(1)障害者総合支援法の一部改正等による障がい児・者の人権擁護

 事業所内での障がい者虐待が社会問題とされる中で、行政による「事業所」への適切な検査は、障がい者の人権の為にも非常に重要な意味を有しています。そのため、この点については、本会も積極的に賛同しています。
 しかし、刑罰を前提とする質問調査を「障がい児・者」に対して行うことまでもが許されるのでしょうか。特に知的障がい児・者の中には、言葉を話せなかったり、不正確な記憶のまま答えてしまう方がいるため、刑罰を科されかねない状態が続いていました。。
 本件判決は、この問題(争点1、2)に対し、障がい児・者であっても、行政による質問調査の対象者に含まれると判断しています。しかし同時に、言葉を話せないなど質問に適切に対応することのできない障がい児・者には刑罰は科されないとし、知的障がい者の人権に対して一定の配慮を見せています。
 もっとも、本件判決で示された解釈は、障害者総合支援法48条1項や111条には記載されておらず、各条文から読み取ることもできません。
 したがって、議員連盟の提言でも記載されていたように、本件判決をもとにした障害者総合支援法の一部改正または厚生労働省通知等の発出といった立法や行政政策による対応が必要であります。

(2)障がい児・者の障がい特性に配慮した質問調査

 行政職員が障がい児・者に質問調査をする際、どのような配慮が必要なのか。この点について、法律や通知等では明確化されておらず、調査の実施主体である都道府県市町村の広範な裁量権のもとでブラックボックスと化していました。
 本件判決は、知的障がい児・者への質問調査の際には、対象者の障がいや境遇に配慮した取扱いが必要であると判示しました。具体的には、行政職員は対象者の個別支援計画やフェイスシートといった書類を確認して、障がい特性等を把握した上で、不安を生じさせないように配慮する具体的な義務があると述べています。
 更に、本件においては、千葉県職員が障がい特性に配慮しない質問調査を行ったことが原因で、対象者が自殺未遂とも評価できる行為に及んだと事実認定し、千葉県と障がい者との関係では国家賠償法上の責任が生じ得るとまで踏み込んで判断しています。
 障害者総合支援法が障がい児・者の人権尊重を理念とする以上、障がい児・者それぞれの特性に配慮した質問が行われなければなりません。本判決は、行政職員は障がい児・者それぞれの障がい特性に配慮した質問調査を行う必要があること、及び、障がい特性に配慮しない質問調査は国家賠償法上の違法となることを明示した点で、極めて重要な意味を有しています
 もっとも、現状では本判決で示された基準は、法律や通知等には明記されていない。同様に、質問調査の手引き等にも記載されていません。したがって、この点についても、本件判決をもとにした障害者総合支援法の一部改正または厚生労働省通知等の発出といった立法や行政政策による対応が必要なのです。


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